「保険」の「営業」って…

押し付けられたノルマや、戦略もない飛び込み大切な親友や、親類縁者へ無理なお願いや頼み込み。

こんなイメージありませんか?(ですよね笑)
当社は、創業以来一度もしていませんし、これからも到底しないでしょう。
理由はシンプルです。

「やりたくない」から。
代表取締役 門田 稜市

福沢諭吉と当社の仕事<保険の歴史>

「保険」の真の役割をご存じでしょうか。

人間は昔から集落生活や大家族生活の中で、
危険があって不幸になった者をお互い助け合うという共同保障の工夫をしてきました。
しかし、産業が発達し、社会的分業が行われるようになり、
家族の構成単位が小さくなってくると、一家の主な収入を得ている者が死亡した場合、
残された家族の生活への影響はかつてないほど大きくなってきました。

そこで考え出されたのが、相互扶助によって助け合う保険のしくみです。
保険の原型は、古代ローマ・中世ヨーロッパから始まり、
14世紀イタリアで今日とほぼ同じ仕組みが整ったと言われています。
日本では、慶応3年(1867年)、福沢諭吉が欧米の近代的保険制度を
紹介したことが発端となり、明治時代に入って保険会社が設立されました。

福沢諭吉は、保険制度のことを次のように述べています。

「災難請合とは、商人の組合ありて、平生無事の時に人より割合の金を取り、
万一其人へ災難あれば組合より大金を出して其損亡を救ふ仕法なり。」

つまり、普段無事な時にお金を出し合っておき、
万一災難のあった時にまとまった金額を拠出して災難の被害から救う方法だということです。
この機能とあわせもつ合理的な仕組みは、
保険が「人間の英知の結晶」といわれてきたゆえんです。

*わが国にはじめて保険制度を本格的に紹介したのは、福沢諭吉『西洋旅案内』(1867年)で 、同書では、「災難請合の事 イシュアランス」として、相互扶助制度としての保険の効用が詳細に示されている。
*江戸時代から明治の初めまでは保険という用語は使用されておらず、「請合」(うけあい)いう用語が使用されていた。
*一方、19世紀後半の中国においてドイツ人宣教師が著した英華字典で、insuranceに保険という訳語が取り入れられ、この中国での訳語から明治初年に「保険」という用語がわが国に初めて見られるようになった。次第に「保険」(うけあい)とされるようになり、さらに読み方も「保険」(ほけん)となった。

営業とは何?

営業の仕事は「売りに行く」のではなく

まず、情報からが全ての始まりです。
次は顧客のニーズを掴み、その不安や課題の解決に
高い専門知識を注ぎ込む仕事。

多くの場合、人は不安や要望があっても、それを明確に解決できる保険商品や具体的なアイデアは出てきません。
それが簡単に出てくるようであれば、そもそもわたしたちは必要でないでしょう
そこで重要になるのが、ニーズからウォンツ。
「これが欲しい」という具体的な顧客の欲求を引き出す仕事

それから…私たちは形のない商品を扱います。
顧客に対して様々なメリットをお伝えすることは簡単です。

わたしたちが大切にしていることは

デメリットをしっかりと、はっきりと、わかりやすくお伝えすることが
重要なスキルと考えています。顧客の信頼はここからだと全員が経験しています。

そのためには、人が顧客に向き合う「現場」に入らなければいけません。
AI、DX云々と言いますが・・
機械ができることは、機械がすればいいのはないでしょうか
我々は今も、これからもテクノロジーは最大限活用します。

人間は、人間にしかできないことをやるべきじゃないかと考えています。

これからの社会と当社

これからの社会は、価値観の差が会社を拡大すると考えています。
だから、個人の感性を高めていくことを重要視しています。
アートや文化、自然に触れ、琴線に触れる主観を磨くコトを大切にしています。

アフターケアは自社で

サポートの現場でわたしたちの提案している商品やサービスに対して、
顧客の要望をしっかりとヒヤリングすることが大切だからです。*ISO9001:2015 認証取得

「保険の出口」を知っているからこそ
「保険の入口」をより的確に提案できるという思いです。

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